人は、どういう過程の中で空気を読めるようになっていくのだろう…。
私が中学生くらいの頃の話・・・
習い事の場で、先生に怒られて泣いている年下の子がいた時のこと。
シーンとした空気の中で、見学していた母が私をそっと呼んで、「声かけたり。」と言った。
言われた通りに、怒られた子のところに行って、「大丈夫?」と声をかけてみた。
そしたら、先生が、私に対して、少し微笑んだ。(ような気がした。)
でもたしかにそこから、シーンとして固まっていた空気がすこし和らいだ。
そのタイミングで、先生は「もう1回やるよ!」とみんなに言って、空気がまた動きだした。
・・・と、いうよなことがありました。
誰かが怒られたときは、シーンとした空気感になりますよね。
そんなときに、関係ないし~って感じで笑っていたり喋っていたりしたら、とばっちりで、自分が怒られるはめになるんですよね。笑
だから、こういう時は、”黙っていた方がいいだろう”と予測して行動する、という空気の読み方があるのかもしれません。
他には、”先生は、どうして怒ったのか、何がいけなかったのかを考える”、という空気の読み方があるかもしれません。
もしかしたら自分も同じことをしてしまうかもしれない。そんな時はどうしたらいいのかということを、何かが起こる度に考えられる子は、学びが多いです。
そして、私の母親がした空気の読み方はなんだったのかというと、”怒られている子を1人ぼっちにしない”というものだったんだと思います。
私はその習い事の中で、一番年上だったので、私が声をかけることで、怒られている子を、「大丈夫なんだ」と安心させることができて、味方だよということも伝えることができたんだと思います。
これはたしかに年上の子ができることなんですよね。私の母親は、自分の娘が年上の立場であることも考慮して、娘に声をかけるように伝える、という空気の読み方をしたのでしょう。
こういうのって、いつからできるようになるんでしょうね。
はじめからできる子は絶対にいないと思います。
きっと、「こういうときは、こうしたらいいんだ」と学んだからこそできるようになることなんでしょうね。
わたしも、母親に言われなかったら、黙って、自分だったらどうするかを考えるところまでしかできなかったと思います。
自分が行動することで空気感が変わる経験を教えてくれた母親は本当にすごかったと思うし、習い事をしていなかったらそういう場面に遭遇することはなかったと思うので、色んな巡り合わせに感謝しています。
子どもの成長に何が必要なのかということを、自分の経験をもとに考えることができているので、本当に大切な、必要な出来事だったと思います。
ちなみに、「大丈夫?」と声をかけた方がいい時もあれば、そっとしておいてあげた方がいい時もあると思います。
その子がどうすればいいか分からない場合は、「大丈夫?」という声かけじゃなくて、「先生に、〇〇って言っておいで」と、言ってあげることが必要なときもあります。母が私にしてくれたように😉
1つの経験をもとに応用して生きていかないといけないんですが、その最初の1つの教わる経験が、ものすごく大事なんだと感じています。